日本のプロ野球ファンにとって、ジャイロボール、という言葉は、SFファンにとって火星の運河、という言葉に等しい、ある独特の感慨を沸き立たせられる言葉である。
 概ね、それは、”手塚*1の妄想”、という意味で用いられる。
 己が発見した究極の魔球の力を信じるあまり、野茂の素晴らしいバックスピンの回転軸が、手塚の中でどんどんと、前へ前へと傾いていく。素晴らしいストレートならば、ジャイロボールでないことは許されない。イデオロギーは認識を支配する。アナリストからイデオローグへ、ジャイロボールを語り始める瞬間に、手塚一志は変貌する。メタモルフォーゼは、時間を遡り、投球動作分析をも侵しはじめる。
 それで話が終わるのならば、一人の電波さんが誕生した、というだけだ。手塚一志は、もう少し理性的だった。
 彼は、ジャイロ回転に拠らぬホップするファストボールの存在を認めた。オーバースローのパワーピッチャーたちの素晴らしい速球を、彼の魔球から外したのである。
 そうして確実に存在する、と言えるとわかったのは、ボールの進行方向と回転軸の一致した、右から左、あるいは左から右へ沈んでいく、サイドスローの投手が操るあの変化球、つまり、スクリューボール/シンカーの一種である2シームジャイロだった。速くて沈むシンカー/スクリューの別名、ということでならば、ジャイロボールは実在し、実用化されている。
 では、バックスピンのかかったストレートよりも早く本塁に到達するという4シームジャイロはやはり手塚の妄想だったのか。
 星野智樹については確認した、と手塚は言う。星野のストレートならば去年は結構ファールで逃げられていて、空振りが面白いように取れるというイメージとは異なるし、星野がボールになるスライダーを振らせることが生命線の変化球投手であることをあわせて考えれば、結局はあまり有効な球種ではないのかも知れない。
 が、ここに、サイドからの、動くジャイロボールで打者を翻弄するという若い投手が現れたのだ。
 彼こそは、西武ライオンズで背番号59を背負う、山本歩投手である。関学理工学部、しかも準硬式のエースという異色の経歴を持つ彼が、4シームジャイロの有効性を証だててくれるかどうか、手塚一志は電波か本物か、全ては彼の右腕にかかっている。
 だから、早く復帰してくれ。
 
 あ、いえ、最初の一文を思いついてしまったもので。