http://home.att.ne.jp/iota/aloysius/tamanoir/idata/iken25.htm

原作と映画はまるで無関係である。原作を蹂躙して成立する傑作もあり得るし、原作に飽くなく忠実で糞という映画は幾らでもある。どうしようもない原作の素晴らしい映画化もよくある話で、これまた一種の蹂躙だが、だから駄目、ということはない(ボンダルチュクの「戦争と平和」はその一例である。百年経ったらあんな原作は誰も読まないだろうが、映画の方は相変わらず、一部愛好家には宝物である筈だ)。ただし、映画と原作の間には、偶々両方を知っている人間だけに生じる、微妙な微妙な関り合いがある。あまりにも見事な原作を蹂躙するなら、よほどの映画を作る必要があるのは確かだ。

大原則はこうだ――よい映画を作るためには、原作は殺されなければならない。原作に引きずられた映画ほどどうしようもないものはない。どうしようもない原作に引きずられたどうしようもない映画ともなれば、もはや救いはない。