テキストの作法について。
 小説と映像作品の脚本の台詞回しには、以下のような違いが在る。
 小説では説明台詞は許容されるが相づちは許容されない。
 脚本では相づちは許容されるが説明台詞は許容されない。
 これは情報伝達のテキストに対する依存度の差であるととりあえずは考える事が出来る。小説は高いので、相づちで紙面を食われては困るのであるが、映像の場合低いので、うそ臭い説明台詞で人物のリアリティを下げられては困るのである。
 この違いは、小説家にアニメの脚本、殊にモノローグ・ナレーションを書かせると顕著になる。職業脚本家は画面で起こっている事と違う事を書き、小説家は画面に映っているものの説明を書く。『トップ2』の1話と『蒼穹のファフナー Right of Left』か『いぬかみっ!』の10話でも見比べるとわかりやすい。
 非テキストベースのゲームのダイアログには、エモーショナルな盛り上げに対する特殊な作法が在る。基本的にはイベントシーンにしかダイアログが存在しないため、感情のテンションはあがりっぱなしでかまわない。
 前者は『ファフナー』の後半が説明臭い理由、後者は『ファフナー』の前半がなんだか抑えたところのないシナリオな理由。