公傷制度があるのかないのか、と聞かれたとき、フロントにはないとしか言えない。
 あると言ってしまえば、公傷とは認められそうもない選手までひょっとしたらとばかりに公傷認定を求めてくる可能性が排除できないからである。
 無論、2006年のオリックス平野のように、勇敢なプレーで予期しえぬ負傷を負ったようなケースでも年俸算出の際考慮の対象外とするのはあまりに不人情だ。だから、こういうよほどの場合は考慮するが、それは個別の話であって、制度としてやっているわけではない、と主張するのが普通だ。
 中村紀洋、あるいは茂木立仁は、このような球団側の事情を斟酌し損ねたのではなかったか。
 公傷と認めろ、公傷制度がないのならば作ってそれから認めろ、という主張を前に出されては、フロントとしては無理だと突っぱねるしかない。60%はやりすぎだったからもうちょっと手加減するよ、というつもりは、恐らくフロントにはあったのだ。最終的には1億2000万を提示した、という報道からもそれは明らかだ。古傷の再発、というのは、どう考えても公傷ではない、しっかり直してからシーズンに臨むべき性質のものであって自己責任だというのも巷間よく言われたところだが、仮に公傷制度があっても認められない、という契約交渉の場での発言は、マスコミに露出した途端「仮に」が取れてしまう可能性は随分と高い。
 やはり、公傷制度はない、作れない、仮の話はできない、と言うほかないのだ。
 恐らく、茂木立弁護士は、公傷制度が安心してプレーするために不可欠である事、他球団では導入して成果が上がっている事*1、中村以外のオリックス選手の状況などをまとめて、公傷制度を導入すべきである事を主張したのだろう。
 球団側としては公傷制度の話は突っぱねるしかないのだから、とっとと金額提示に移りたい、そのように話を進めない茂木立弁護士に対しては話し合う気がないのではないか、ゴネて自由契約を勝ち取るつもりではないかという疑いを持つし、中村側としては全く話を聞いてくれない球団に不信感を持つ。
 このようなやり取りの中で、中村側は公傷制度を検討するとの言質を与えてくれるかどうかを球団側が誠実なネゴシエーションをするつもりがあるかどうかの第一の判断材料であると考えてしまったのではないか。
 ある意味、間違ってはいない判断だ。どうせ考慮するものを、そういう制度はないと言い張っているのだから、球団は嘘をついている。嘘つきは誠実な交渉相手ではありえない。
 だが、タフ・ネゴシエーターとは、決して、嘘をつかない人間のことではないはずだ。虚虚実実の駆け引きを駆使して譲れない一線を守り抜く。そういうものではなかっただろうか。
 年あたりで一選手の70倍の契約更改交渉経験を得る球団側は、当然海千山千のタフネスを身に着けているはずで、代理人とは本来そのようなタフネスを選手に代わって提供する人間のはずだ。
 しかし、茂木立弁護士は直球ドミノ理論以外の武器を提供できなかった。あるいは、中村選手本人が公傷制度を導入させてくれ、と言ってしまったのかもしれない。依頼人の要求は、代理人にとっては絶対だ。公傷制度要求を取り下げて減額幅を圧縮させる交渉戦術は、依頼人によって禁止されていた可能性もある。方針撤回の進言は聞き入れられず、勝ち目のない戦いへ毎度毎度送り出される、そういう不幸な目に合わされていたのかもしれないが、とにかく、中村選手の年俸そんなにダウンさせずオリックスと契約、というラインを死守するタフ・ネゴシエーターとしては振舞えなかった。
 いや、だから何、てこたぁないんだが、こういうことかなあ、と想像してみて俺はすっきりしたので、君もどう? みたいな。。

*1:という数字は普通にやったら多分出てこないが。