エウレカセブン

 『エウレカセブン』について思うのは、どうしてここまで絵で語るセンスが欠如しているのだろう、という事で。
 客を飽きさせないように毎週とりあえず画面に出しておくためのビジュアルな要素が単純に量的に不足している。
 例えば毎週面白おかしい能力と姿の新敵ロボが登場する、訪れた先の町や村がそれぞれ独特のたたずまいを見せる。そういう工夫が一切ない。長い作品を見せるって逆にそういう小手先の変化が大切になるはずなんだけどねえ。それを用意してやらないと、全体で語るべき事が逆に曖昧になるんだよね。
 毎週毎週代わり映えのしない空と、代わり映えのしない月光号の廊下。敵KLFも何が出来て何が出来ないのかまるで把握できず、代わり映えゼロ。
 ビジュアルは同じようなのばかりだけど見れる、という作品を作るなら、キャラクターの設計と配置をもっと軽くする必要がある。短くして全体をホラーなりSFなりに寄せる手もあるけど、まあそれは置く。半端にみんな重々しい(マシューさんとかほっといたらずっと頭かいてそうだよね)から、レントンを過剰に軽く=バカにするしかない。一時期のレントンの苛立たしいくらいのアホっぷりはまあ、そういう設計ミスの皺寄せです。
 作り手が本当に大事なことと瑣末なことに作品で描かれるものを分離させることができると信じてそうなのね、なんか。無意味な引用、というか、無意味なものが無意味と言う意味すらなく作品内に置かれていいと観念してそう、というか。
 だから本当に大事な事をきっちり伝えるために小手先の瑣末な変化は排してるんだろうと思うんだけど、それは悪い意味で何もない話数を産み、そして本当に大事なはずのメインテーマの使い減りとブレを生みます。メインテーマしかないからその話を何度もするしかないんだよね。で、全く同じ話をするわけにはいかない以上、メインテーマは毎度毎度ずれた形で表現されるしかなくて、そのうち何の話だったのかよくわからなくなってしまう。
 まあ長くやってりゃ長期シリーズ効果*1も生じるし、後半に入ればメインプロットが動かせるから、今は多少見られるのは事実だけど、でもねえ。評価って部分じゃダメダメだねとしか、ねえ。

*1:長いシリーズの中では色んな事があるため、連続性らしきものが作り手の意図を離れて見出せてしまう事、作品の方向性への受け手の理解が進む事などを中心とした、長い作品がなんか面白いような気がしてしまう効果。